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中学生より走り始め、岩手県中学校対抗駅伝大会準優勝した。
高校時代は、全国大会に出場して800M,1,500Mで3位入賞した。
大学時代は、関東学生選手権1,500M、3,0000M障害で優勝。
特に昭和46年正月の箱根駅伝においてアンカー第10区を走り
3位から1位に順位を上げ逆転優勝を果した。
昭和47年より茨城県教員として昭和57年10月の33歳まで走り続け、
日本選手権7回準優勝、国体4回優勝、全日本実業団4回優勝、
アジア大会では銅メダルを獲得した。
自己記録は昭和54年9月の八ヶ国陸上大会で準優勝した3,000障害の
記録8分30秒8は現在日本歴代7位、茨城県記録として残している。
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